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岡沢亮 contact: boiledend0320[@]gmail.com http://researchmap.jp/ryookazawa

第90回日本社会学会発表「フィクションの分析可能性——テクスト資料と概念分析の社会学」

2017年11月4-5日に行われた第90回日本社会学会大会のテーマセッション「『概念分析の社会学の展開』(2)」にて、「フィクションの分析可能性——テクスト資料と概念分析の社会学」という題目のもと発表しました。発表原稿は以下です。

http://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=146887

テクスト資料やフィクションの分析に関心があるが、概念分析の社会学を専門的に行っているわけではない社会学者を想定して、ひとつの分析の可能性を示そうと試みました。

2日目は「エスノメソドロジーと会話分析の半世紀(3)」を聴きに行きました。どの方の発表も面白かったのですが、特にTanya Stivers先生の発表が印象に残っています。クリニックにおいて医療者が障害を持つ子の親に遺伝子検査の結果を伝えるシークエンスを分析したもので、検査結果の確からしさについて医療者と親がどのように評価するのかに焦点が当てられていました。

質疑応答においては、遺伝子検査の結果という専門的知識をめぐる議論において、なぜ被検査者が医療者による評価に疑義を呈したりそれを格下げしたりできるのか、また遺伝子検査結果がわかることによって何らかの治療法が新たに発見できるわけではないにもかかわらず、なぜ親は検査を受け(させ)ようとするのか、といった質問がなされました。前者に関しては、親の側も様々な知識を収集していることが述べられました。後者に関しては、障害の原因を知ることが親にとってのある種の慰め(comfort)になっているのではないか、といった回答がなされていました。これらの回答は、それがEMCAによって行われるか否かは別にしても、さらなる研究の方向性を示唆していて刺激的でした*1

*1:英語を聞き間違えていなければよいのですが。

英語論文計画への逃避

博論が終わったらそれをもとに(といっても分析のコア部分以外は全面的に変えないといけないだろうが)英語論文を投稿しようかと思っている。法社会学系の雑誌に載せるのは文脈づけが非常に難しそうだという印象を抱いたので、文化社会学や芸術社会学や理論系の雑誌(PoeticsSociological TheoryTheory and society、Theory, Culture&Society、Cultural Sociologyなど)を考えている。会話分析の人はROLSIとかを目指すことができるのだろうけど、自分の場合はあまり現実的ではない。

案はふたつある。

ひとつは、判決文を素材に法専門家による作品のわいせつ/非わいせつの区別がいかにして行われているのかを明らかにするという課題を、LamontなどのSB(Symbolic Boundaries)やSVE(Sociology of Valuation and Evaluation)の議論に位置づけて行うこと。区別・境界画定・評価などの実践において用いられる常識的知識の役割への着目の重要性を主張する方向性。SBやSVEの議論は境界画定の恣意性やそれと関連する差別について関心を持つ研究が多いので、偏見とときに近しくなる常識的知識の扱いをめぐる議論は関心を持たれるかもしれない。事例として近いものを扱っているのはNicola Beiselで、論文を読む限り彼女はむしろわいせつ規制の目的論への関心が強いが、参考にはなるだろう。

もうひとつは、芸術の素人にも向けられた芸術批評における正当化実践の分析を、これまたSBやSVEの議論に結びつけつつ、芸術社会学における「ゲートキーパーとしての批評家」に関する議論にぶつけること。批評をめぐる社会学研究は批評が芸術作品やアーティストやジャンルの神聖化にどう影響したかとか、批評家は何に影響されて特定の対象を批評しているのかをめぐる計量研究が多いように見受けられるが、ボルタンスキーのOn Justificationなどを参照しながらそこでの正当化に着目している研究も少数ながらあった(全然引用されていないが)。この辺りを踏まえて何かできるかもしれない。

さすがにここまで研究の位置付けを変えれば、事例や分析の一部が同じでも、日本語の既発表論文との二重発表だとは言われないと思うのだが、そのあたりいまひとつルールがわからないところもある。

 

音楽の力

久しぶりにiPodを起動したところ意外にも懐かしい良い曲ばかり入っていた。大学に入りたての頃に赤井と中本と渋谷で行われたライブに行ったことを思い出す。見たところ10代の人々は自分たち以外に全くおらず周りの人々はみな正装で私たちは苦笑いを無理やり増幅させたような笑い方で場違いな状況に対処していた。

赤井はしばしば哲学や社会学の最近読んだ本に依拠しているかのように見せつつも実際には独自の概念と理屈に基づく社会理論をあまり面白いとは言えない冗談の彩りを添えながら語るという人物で——こうして文字にすると全く好感の持てない人物像が浮かび上がってきて驚いているところだ——彼と話すことは時折の苛立ちも含めてあるいはそれゆえに非常に楽しいものだった。彼はときおり社会学者がどうこう言っていて私は彼の話も社会学者の話も聞いていなかったがいつのまにかこうなっていて彼に笑われているかも知れない。

中本は無意味にラップに詳しく——有意味な仕方でラップに詳しいのがどういう場合なのか難しい問題だが——ある曲についてCDが廃盤なのでいつも動画サイトでそれを聴いているという話を私がしたところそのときは「それ知らないな」と言いつつ翌日には「俺持ってたわ」と言って貸してくれるなど趣きがあった。彼は映画もやたらと好きで、老人がより良い睡眠環境を求めて訪れたあげくフランスの長い映画なんかの上映直後(かつ寝起き)に「なにこの映画。つまらねぇ」(この感想自体はそれほど的外れでもないのが腹立たしい)などと割と大きな声で吐き捨てることでおなじみの名画座で偶然会ったこともある。

それで店に入った時にすごく苦手な音楽がかかっていることがありたまらず外に出てしまうことがあるが、そうしたときに音楽の持つ力を感じる。

Tröndle et al.(2014)感想 修論でこういう実験をやってもよかった

Tröndle, Martin,Volker Kirchberg and Wolfgang Tschacher, 2014, "Is This Art? An Experimental Study on Visitors’ Judgement of Contemporary Art," Cultural Sociology, 8(3): 310-32.

http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1749975513507243?journalCode=cusa

「これは芸術か? 来館者による現代美術への判断に関する実験的研究」という論文。内容をざっと要約するとこんな感じ。

ある対象について、人々はどのように芸術/非芸術の区別を行うのか。社会学者のベッカー、ブルデュールーマン、そしてもちろん美学者のダントーやディッキーなど、様々な研究者がそれについて論じてきた。しかし、それを経験的に調査しようとする社会学研究はなされてこなかった。

そこで、美術館の来館者に実験的プロジェクトに参加してもらい、一般的なフェイスシート項目から教育、好みの芸術形式、芸術や展示に期待する要素などを尋ねた上で、美術館にあったNedko Solakovの「作品」を芸術とみなしたか非芸術とみなしたかを尋ねる。前者の質問群への回答と芸術/非芸術の区別の回答との関連に焦点を当て、芸術とみなすか非芸術とみなすかという選択にどのような要因が影響を与えていたかを統計的に分析する。

結果として、先行研究が重視してきた要素よりもむしろ、年齢や芸術形式の好みといった要素が芸術/非芸術の区別に影響していた、といった話。

先行研究がどのくらい一般の美術館来館者による区別に関心があったのか(この点は著者たちも留保している)、また先行研究が重視していた要素をこの質問紙調査でうまく計測できているのかどうかなどの疑問はあるが、古い問いに新しいやり方で取り組み、少なくとも古い答えに疑問符をつきつけることができていて素晴らしいと思う。

 *

自分の修論では、第1に人々がある作品についてどのように芸術/非芸術の区別を行うのか、第2にその区別を行うことで何をしているのか(その区別実践にはどのような意味があるのか)という問題設定のもと、エスノメソドロジーの立場からそうした区別を行なっているテクストの分析をしていた。

しかし、この論文でやっているように、ある作品を見せる実験と質問紙調査によって計量的にやってもよかったと思うし、その方が少なくとも第1の問いにとっては自然だっただろう。それに加えて、同様の実験をさせて人々に感想を話してもらった上で、その感想を量的に処理することなく分析することを行ってもよかった(是永先生の韓国語の広告の研究のように。これは修論の時にも案としてはあった、気がする)。

この論文のように美術館を巻き込んでこうした実験プロジェクトを行うためには、当然かなりの資金獲得が必須だが、小さい規模の実験ならば院生でもできるのではないだろうか。誰かやってみたらいいと思う。

TOEFL結果と勉強法記録(2017/7/29)

先日TOEFL iBTを初めて受け、107点だった。とりあえず日本で海外留学用の奨学金にアプライする分には足りるのではないかと信じている。

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当日の感触と比べてリスニングの点数が高く、ライティングは低かった。

 

準備としては、実戦形式の練習をするために、Official Guideの5回分の問題に加え、中国のウェブサイト托福考满分——让备考更简单:托福备考,TOEFL备考,TPO在线模考を使った。たまに問題がおかしく不満に思うことがあるが、掲示板をみると中国人たちも活発に不満を述べているので、簡単に溜飲を下げることができる。

・リーディングは上記サイトの理系の文章のみ解いた。

・リスニングはもともとVoiceTubeTED-Ed - ボイスチューブ (VoiceTube)《動画で英語を学ぶ》の5分以下の動画を聞いていて、上記サイトを教えてもらった後はそこで問題を解き始めた。能力は向上したと思うが、相変わらず映画は割と本格的に聞き取れないことが多い。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』が特に難しかった。

・スピーキングは問題形式を学んだあと、Independent taskについてはよく出る問題を載せたサイトを見て回り、100題くらい回答を書いてみた。この回答を暗記しようかと思ったのだが、自分の記憶力を過信していたことが判明し断念した。そのあとは上記サイトの問題と定番80題(「黄金口语80题」というやつ)を地道にやった。

・ライティングについてはそれほど問題は解かなかったが、Independent taskについては185 TOEFL® essay topicsで見られる185題に全て目を通し、書く内容のメモをつくった。Integrated taskについては日本の参考書を買ってテンプレートを学んだ。

・単語はMagoosh TOEFLiPhoneアプリが無料だったので使っていた。しかし覚えられないし、確かに問題を解いていると知らない単語はしばしば出現するが、問題ができないのはそのせいではないと感じていたので、結局あまりやらなかった。テストとは関係なく勉強するべきだとは思うが、余裕がなかった。

博論一次審査を終えて

博論一次審査が終了した。博論の目標と問いと各章概要を中心的に発表した結果、法学者の先生に以前よりさらに研究意義が伝わらなかったようだが、まあそこはなんとかなるだろう。もっと概括的にまとめるべきだったかもしれない。

 

現状では芸術作品のわいせつ性が争われた裁判とそれに関わる実践の分析を通じて、1 法専門家と非専門家あるいは他領域の専門家とのコミュニケーショントラブルはなぜ生じ、どのように決着されうるのか、2 法専門家は作品のわいせつ性をいかにして判断しているのか、3他領域からの介入や否定的評価に対して、芸術専門家はいかなる対処をしているのか、を明らかにする。それによって、法社会学、法学、芸術社会学それぞれの先行研究に貢献するといった展開をつくっている。

 

これはこれで残していいのだが、博論としてひとつ筋をつくるべきである。そこで考えてみると、自分が取り組んできたあるいは今も取り組んでいるいくつかの問い(各章の問い)は、法専門家と非専門家あるいは芸術専門家のあいだ、そして法に関する専門的知識と常識的知識や芸術に関する専門的知識のあいだの関係性をめぐるものとしてまとめられるように思われる。

なので、博論全体の先行研究あるいは理論的な問題設定をつくるために、専門職と専門的知識expertiseの社会学の論文を読み始めた。ここから博論全体の大きな問いと目標を定式化できるとよい。

 

ところでここ一年くらい音楽と漫画を全く買っていないのだが、それによって人生の豊かさが減った気はしない。かといってそれによって金銭的な豊かさが増したわけではないのが難しいところだ。

 

英語圏の〇〇社会学について学ぶために

英語圏の〇〇社会学の重要文献や共有されている問題意識や方法などを把握したいとき、どうすればいいのかを最近考えている。

もちろん、たとえば「スティグマ Stigma」とか「ミックスド・メソッド Mixed Methods」くらいにトピックが定まっていれば、Annual Review of Sociologyで検索して最新のレビュー論文を読み、引用参照論文を続けて読んでいけばいいかもしれない。あるいは、文化社会学のなかでも「批評」に関する研究に興味があるといった場合には、PoeticsCultural SociologyなどのIFの高い学術誌でそれに関する新しい論文を探し、また引用参照論文を読めばいいかもしれない。

しかし、特定トピックに関する知識を得るためというよりは、より広く基礎的な英語圏の〇〇社会学に習熟したいような場合に、どうやって勉強を進めていけばいいのかが難しい。学術誌をひたすら新しいものから読んでいっても効果は薄いだろう。教科書があてになればいいのだが、Handbook of ~~とかSociology of ~~などと題され、著名な出版社から出ているいかにも教科書然とした書籍が、しばしば編著者と各執筆者のクセが強く出た論文集だったりする。

色々と失敗したあげく、最近は次のようなやり方があるかもしれないと考えている。それは、英語圏の大学院の〇〇社会学シラバスを見て、課題文献を愚直に読んでいくというものだ。重要文献が書籍にせよ雑誌論文にせよ網羅的にわかるし、週ごとにトピック別でわかれているのである程度整理して研究動向を把握できる。

例えば文学の社会学で有名なWendy Griswoldのシラバスなど、文化社会学について学ぶ際にかなり参考になりそうに見える。

http://www.sociology.northwestern.edu/documents/faculty-docs/syllabi/SOC420Syllabus-GriswoldFall2016.pdf

自分の専門ど真ん中のトピックならともかく、〇〇社会学くらいの広いくくりで英語圏の研究動向を学ぶのはなかなか面倒なので、色々と試してみるしかないのかなと思う。