Anyone to Turn to

岡沢亮 contact: boiledend0320[@]gmail.com http://researchmap.jp/ryookazawa

Tröndle et al.(2014)感想 修論でこういう実験をやってもよかった

Tröndle, Martin,Volker Kirchberg and Wolfgang Tschacher, 2014, "Is This Art? An Experimental Study on Visitors’ Judgement of Contemporary Art," Cultural Sociology, 8(3): 310-32.

http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1749975513507243?journalCode=cusa

「これは芸術か? 来館者による現代美術への判断に関する実験的研究」という論文。内容をざっと要約するとこんな感じ。

ある対象について、人々はどのように芸術/非芸術の区別を行うのか。社会学者のベッカー、ブルデュールーマン、そしてもちろん美学者のダントーやディッキーなど、様々な研究者がそれについて論じてきた。しかし、それを経験的に調査しようとする社会学研究はなされてこなかった。

そこで、美術館の来館者に実験的プロジェクトに参加してもらい、一般的なフェイスシート項目から教育、好みの芸術形式、芸術や展示に期待する要素などを尋ねた上で、美術館にあったNedko Solakovの「作品」を芸術とみなしたか非芸術とみなしたかを尋ねる。前者の質問群への回答と芸術/非芸術の区別の回答との関連に焦点を当て、芸術とみなすか非芸術とみなすかという選択にどのような要因が影響を与えていたかを統計的に分析する。

結果として、先行研究が重視してきた要素よりもむしろ、年齢や芸術形式の好みといった要素が芸術/非芸術の区別に影響していた、といった話。

先行研究がどのくらい一般の美術館来館者による区別に関心があったのか(この点は著者たちも留保している)、また先行研究が重視していた要素をこの質問紙調査でうまく計測できているのかどうかなどの疑問はあるが、古い問いに新しいやり方で取り組み、少なくとも古い答えに疑問符をつきつけることができていて素晴らしいと思う。

 *

自分の修論では、第1に人々がある作品についてどのように芸術/非芸術の区別を行うのか、第2にその区別を行うことで何をしているのか(その区別実践にはどのような意味があるのか)という問題設定のもと、エスノメソドロジーの立場からそうした区別を行なっているテクストの分析をしていた。

しかし、この論文でやっているように、ある作品を見せる実験と質問紙調査によって計量的にやってもよかったと思うし、その方が少なくとも第1の問いにとっては自然だっただろう。それに加えて、同様の実験をさせて人々に感想を話してもらった上で、その感想を量的に処理することなく分析することを行ってもよかった(是永先生の韓国語の広告の研究のように。これは修論の時にも案としてはあった、気がする)。

この論文のように美術館を巻き込んでこうした実験プロジェクトを行うためには、当然かなりの資金獲得が必須だが、小さい規模の実験ならば院生でもできるのではないだろうか。誰かやってみたらいいと思う。

TOEFL結果と勉強法記録(2017/7/29)

先日TOEFL iBTを初めて受け、107点だった。とりあえず日本で海外留学用の奨学金にアプライする分には足りるのではないかと信じている。

f:id:RyoOkazawa:20170808143801p:plain

当日の感触と比べてリスニングの点数が高く、ライティングは低かった。

 

準備としては、実戦形式の練習をするために、Official Guideの5回分の問題に加え、中国のウェブサイト托福考满分——让备考更简单:托福备考,TOEFL备考,TPO在线模考を使った。たまに問題がおかしく不満に思うことがあるが、掲示板をみると中国人たちも活発に不満を述べているので、簡単に溜飲を下げることができる。

・リーディングは上記サイトの理系の文章のみ解いた。

・リスニングはもともとVoiceTubeTED-Ed - ボイスチューブ (VoiceTube)《動画で英語を学ぶ》の5分以下の動画を聞いていて、上記サイトを教えてもらった後はそこで問題を解き始めた。能力は向上したと思うが、相変わらず映画は割と本格的に聞き取れないことが多い。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』が特に難しかった。

・スピーキングは問題形式を学んだあと、Independent taskについてはよく出る問題を載せたサイトを見て回り、100題くらい回答を書いてみた。この回答を暗記しようかと思ったのだが、自分の記憶力を過信していたことが判明し断念した。そのあとは上記サイトの問題と定番80題(「黄金口语80题」というやつ)を地道にやった。

・ライティングについてはそれほど問題は解かなかったが、Independent taskについては185 TOEFL® essay topicsで見られる185題に全て目を通し、書く内容のメモをつくった。Integrated taskについては日本の参考書を買ってテンプレートを学んだ。

・単語はMagoosh TOEFLiPhoneアプリが無料だったので使っていた。しかし覚えられないし、確かに問題を解いていると知らない単語はしばしば出現するが、問題ができないのはそのせいではないと感じていたので、結局あまりやらなかった。テストとは関係なく勉強するべきだとは思うが、余裕がなかった。

博論一次審査を終えて

博論一次審査が終了した。博論の目標と問いと各章概要を中心的に発表した結果、法学者の先生に以前よりさらに研究意義が伝わらなかったようだが、まあそこはなんとかなるだろう。もっと概括的にまとめるべきだったかもしれない。

 

現状では芸術作品のわいせつ性が争われた裁判とそれに関わる実践の分析を通じて、1 法専門家と非専門家あるいは他領域の専門家とのコミュニケーショントラブルはなぜ生じ、どのように決着されうるのか、2 法専門家は作品のわいせつ性をいかにして判断しているのか、3他領域からの介入や否定的評価に対して、芸術専門家はいかなる対処をしているのか、を明らかにする。それによって、法社会学、法学、芸術社会学それぞれの先行研究に貢献するといった展開をつくっている。

 

これはこれで残していいのだが、博論としてひとつ筋をつくるべきである。そこで考えてみると、自分が取り組んできたあるいは今も取り組んでいるいくつかの問い(各章の問い)は、法専門家と非専門家あるいは芸術専門家のあいだ、そして法に関する専門的知識と常識的知識や芸術に関する専門的知識のあいだの関係性をめぐるものとしてまとめられるように思われる。

なので、博論全体の先行研究あるいは理論的な問題設定をつくるために、専門職と専門的知識expertiseの社会学の論文を読み始めた。ここから博論全体の大きな問いと目標を定式化できるとよい。

 

ところでここ一年くらい音楽と漫画を全く買っていないのだが、それによって人生の豊かさが減った気はしない。かといってそれによって金銭的な豊かさが増したわけではないのが難しいところだ。

 

英語圏の〇〇社会学について学ぶために

英語圏の〇〇社会学の重要文献や共有されている問題意識や方法などを把握したいとき、どうすればいいのかを最近考えている。

もちろん、たとえば「スティグマ Stigma」とか「ミックスド・メソッド Mixed Methods」くらいにトピックが定まっていれば、Annual Review of Sociologyで検索して最新のレビュー論文を読み、引用参照論文を続けて読んでいけばいいかもしれない。あるいは、文化社会学のなかでも「批評」に関する研究に興味があるといった場合には、PoeticsCultural SociologyなどのIFの高い学術誌でそれに関する新しい論文を探し、また引用参照論文を読めばいいかもしれない。

しかし、特定トピックに関する知識を得るためというよりは、より広く基礎的な英語圏の〇〇社会学に習熟したいような場合に、どうやって勉強を進めていけばいいのかが難しい。学術誌をひたすら新しいものから読んでいっても効果は薄いだろう。教科書があてになればいいのだが、Handbook of ~~とかSociology of ~~などと題され、著名な出版社から出ているいかにも教科書然とした書籍が、しばしば編著者と各執筆者のクセが強く出た論文集だったりする。

色々と失敗したあげく、最近は次のようなやり方があるかもしれないと考えている。それは、英語圏の大学院の〇〇社会学シラバスを見て、課題文献を愚直に読んでいくというものだ。重要文献が書籍にせよ雑誌論文にせよ網羅的にわかるし、週ごとにトピック別でわかれているのである程度整理して研究動向を把握できる。

例えば文学の社会学で有名なWendy Griswoldのシラバスなど、文化社会学について学ぶ際にかなり参考になりそうに見える。

http://www.sociology.northwestern.edu/documents/faculty-docs/syllabi/SOC420Syllabus-GriswoldFall2016.pdf

自分の専門ど真ん中のトピックならともかく、〇〇社会学くらいの広いくくりで英語圏の研究動向を学ぶのはなかなか面倒なので、色々と試してみるしかないのかなと思う。

 

山岡重行『腐女子の心理学』のamazonレビュー

『社会にとって趣味とは何か』のamazonレビューを見ていて、山岡重行『腐女子の心理学』のamazonレビューも見てみた。

腐女子の心理学 彼女たちはなぜBL(男性同性愛)を好むのか?

腐女子の心理学 彼女たちはなぜBL(男性同性愛)を好むのか?

星5つのレビューが7本あるが、1本は比較的最近のもの、1本は低評価のレビューに対する饒舌な反論と攻撃(2016年12月19日)で、5本が2016年12月25日から28日までに集中している。

その5本の投稿者はみな、それ以外ひとつのレビューも投稿していない。

また「フェミニズム」や「社会学」への攻撃や、「暴く」「[肯定的意味で]恐ろしい」という語彙が、複数のレビューで共通して用いられている。

ちなみに5人の投稿者の名前は「まり」「ゆか」「めい」「ごはん」「心理学生」。星4つだが同時期に「ありさ」のレビューもある。

 

さらに、『社会にとって趣味とは何か』の「M1」によるレビューとこれら5本のレビューも似通っているように見える。

先述したフェミニズム社会学への攻撃、あるいはフロイトの名前の挙げ方などもそうだが、特に「心理学生」によるレビューは「私は心理学を専攻している大学生です。卒論の話をしていて腐女子の話になり、先生が紹介してくれたのがこの本です」から始まり、「M1」によるレビューは「私は社会科学を専攻する大学院生です。サブカル好きなので、そちらの研究をしたいなんて言う話を指導教授にしていたら2冊の本を紹介されました」から始まる。語りの導入形式がほぼ一致している。

 

もちろん、同じような考えの人が、同じような語彙と文体で、同じような内容を、同じような時期に同じウェブサイトに書いたに違いない。

 

f:id:RyoOkazawa:20170613164137p:plain

f:id:RyoOkazawa:20170613163959p:plain

f:id:RyoOkazawa:20170613164000p:plain 

加藤秀一『はじめてのジェンダー論』

加藤秀一先生から『はじめてのジェンダー論』(有斐閣)をご恵投いただきました。ありがとうございます。大変恐縮しております。

はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

第1章 ジェンダーとの遭遇──私たちは〈分類〉する
第2章 「女」「男」とは誰のことか──性分化とインターセックス
第3章 性別という壁を乗り越える人々──トランスジェンダー
第4章 ジェンダーは性と愛をも枠づける──同性愛と異性愛
第5章 「男なんだから,男らしくすべき」は論理じゃない──性差と性役割
第6章 科学や数学は女には向いていない?──生物学的性差
第7章 ジェンダーの彼方の国はどこにある──メディアと教育
第8章 男が少女マンガを読むのは恥ずかしい?──恋愛と性行動
第9章 〈被害者〉の視点と〈加害者〉の視点──性暴力(1)
第10章 「わいせつ」と「レイプ」は同じ罪なのか──性暴力(2)
第11章 「女性差別は終わった」という残念な妄想──性別職務分離と統計的差別
第12章 ワーク・ライフ・バランスを阻むものは何か──性別役割分業,ホモソーシャル,マタニティ・ハラスメント
第13章 女は子どもを産んで一人前?──母性愛神話・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ・生殖テクノロジー

ジェンダー論については「自分は社会学を学んできたのだから、ある程度詳しいはずだ」と知らず知らずのうちに思い込んでしまうケースが頻発しているように思うので、その轍を踏まないように勉強させていただきます。

岡沢亮「図画のわいせつ性をめぐる裁判の恣意性再考」(in 『現代社会学理論研究』11号)

新しい論文が公刊されました。

  • 岡沢亮, 2017, 「図画のわいせつ性をめぐる裁判の恣意性再考」『現代社会学理論研究』11: 29-41. [査読あり]

日本における図画のわいせつ性をめぐる裁判は、恣意的なものだとして強く批判されてきました。本論文では、その問題意識の重要性を認めながらも、抽象的な水準で批判を終えて満足してしまうのではなく、個々の判決においてどの部分がいかなる意味で恣意的であるのかを具体的に議論することが重要であり、そのためには判決文の理解可能性を支える概念の論理文法を分析することが有益であると主張しました。

『ソシオロゴス』に掲載された論文に続いて、法学などにおける規範的議論に対して、エスノメソドロジーの立場からの社会学的な分析がいかにして貢献しうるのかを示そうとした論文でもあります。(岡沢亮「作品のわいせつ性に関する法的判断と非-法的知識」(in 『ソシオロゴス』40号) - Anyone to Turn to

また、社会における様々な実践の「恣意性」に対して、社会学はどのように向き合っていくべきなのかについても、何らかの示唆を与えうる論考になればと考えています。( 『概念分析の社会学2』加藤秀一論文について - Anyone to Turn to

未熟な部分も多々あると思いますが、お読みいただければ幸いです。