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The sociology of art: Ways of seeingメモ

The Sociology of Art: Ways of seeing /​ edited by David Inglis and John Hughson. Basingstoke, Hampshire ; New York : Palgrave Macmillan, 2005.

・目次

Introduction 'Art' and sociology /​ David Inglis, John Hughson(pp.1-7)

芸術社会学の中心的問いの例

・「芸術」とは何か。何が芸術とされ、誰がそれを決定するのか。

・いかにして芸術と社会が関連しているのか。

・芸術と社会的権力の形式はいかに繋がっているのか。

・異なる種類の社会において、芸術はどのように扱われているのか。

・いかにして芸術作品は作られるのか。「芸術家」とは何か。

・いかにして芸術作品は鑑賞者まで届くのか。

・鑑賞者が芸術作品を理解するやり方はどのようなものか。

・なぜ特定の種類の芸術を好む人とそうでない人がいるのか。人の趣味はその人の何を伝えているのか。

本書は、 グローバリゼーション、反省性reflexivity、ブルデューの影響、多領域の視点との議論などが芸術社会学にとって重要であることを示唆する。

PART I. THEORY PAST, PRESENT AND FUTURE

Thinking 'art' sociologically /​ David Inglis

これまでの芸術社会学は、マクロレベルの芸術と社会的要因の関係に関する議論と、ミクロレベルの特定のアートワールドのダイナミクスの分析を通じて、「芸術」「芸術家」「芸術作品」などの常識的観念に挑戦してきた。しかし本書は、さらに新しいパースペクティブを提示していく。

When does art become art? Assessing Pierre Bourdieu's theory of artistic fields /​ Jeremy F. Lane

ブルデューの芸術社会学に対する批判的検討。芸術界の歴史的な自律性の獲得を論じた『ディスタンクシオン』とそれを補足する『美術愛好』の時期から『芸術の規則』の時期に至って、ブルデューの議論に変化が見られた。芸術作品の「普遍的」価値を認めているように見える部分があり、この美的価値の問題は[芸術社会学]にとって残されてたままである。

The female body in women's artistic practice: developing a feminist sociological approach /​ Alexandra Howson

A 'new' paradigm for a sociology of aesthetics /​ Robert W. Witkin

美的スタイルにおけるパラダイムシフトは、変化する社会条件を反映した、価値の理解・経験の新しい様式に対応している。

Invisible aesthetics and the social work of commodity culture /​ Paul Willis

芸術社会学は、公式な「芸術」を特権的に扱っている点で、芸術史のような他領域と変わらない。「美学」は現代社会の大衆や文化的な商品とはつながらないものとみなされている。芸術社会学は、確立された芸術制度の目に見える「美学」領域から離れ、日常の生活世界における目に見えないinvisible美学の役割を理解するようになるべきだ。

Cultural studies and the sociology of culture /​ Janet Wolff

The sociology of art: between cynicism and reflexivity /​ David Inglis

芸術社会学をやるなら自分の前提を反省しろ、シニカルになるな、などの大雑把な心構えが語られている。

PART II. FROM THEORY TO PRACTICE: CASE STUDIES IN THE SOCIOLOGY OF ART

Framing old age: sociological perspectives on ageing in Victorian painting /​ Mike Hepworth.

The rise and fall of the art (house) movie /​ Andrew Tudor

Opera, modernity and cultural fields /​ Alan Swingewood

'World music' and the globalization of sound /​ David Inglis and Roland Robertson

'High arts' and the market: an uneasy partnership in the transnational world of ballet /​ Helena Wulff

Reconstructing the centre: sociological approaches to the rebuilding of Berlin /​ Janet Stewart

 

The Sociology Of Art: Ways of Seeing

The Sociology Of Art: Ways of Seeing

 

 

 

10年前の「新しい芸術社会学」

およそ10年前に「新しい芸術社会学」に関して論じたもの。

de la Fuente, Eduardo, 2007, "The ‘New Sociology of Art’: Putting Art Back into Social Science Approaches to the Arts," Cultural Sociology, 1(3): 409–425.

・1970年代以降の芸術社会学を特徴づけていたのは、芸術社会学を次のようなものとして見る傾向性だった。すなわち、哲学的なアートの解読とは異なるものであり、芸術の生産と消費の具体的なネットワークの研究を好むものであり、芸術家の世界観と芸術界を懐疑するものである。「新しい芸術社会学」は、これらの前提を再解釈するようになってきている。

[ざっくりまとめると]以下のような傾向が最近は見られる。

・美術史、カルチュラルスタディーズなど他領域との接続が見られる(Inglis and Hughson eds)。

・美的要素が社会生活の中で果たしている具体的な効果に目を向けるようになっている(DeNora, Molotch)。

・芸術作品それ自体に着目し、「作品性」に注目したり、作品をアクターや何らかの「過程」の結果としてとらえることがなされてきている(Becker et al.)。

Becker, Howard, Robert R. Faulkner and Barbara Kirshenblatt-Gimblett eds., 2006,  Art from Start to Finish: Jazz, Painting, and other Improvisations, Chicago and London: University of Chicago Press.

DeNora, Tia, 2003, After Adorno: Rethinking Music Sociology, Cambridge: Cambridge University Press.

Inglis, David and John Hughson eds., 2005, The Sociology of Art: Ways of Seeing, London: Palgrave.

Molotch, Harvey, 2003, Where Stuff Comes From: How Toasters, Toilets, Computers, and Many other Things Come to be as They Are, New York: Routledge.

*論文にはもうちょっと色々書いてあったものの、全体的に全然ワクワクさせない感じが驚異的で、かえってここに記録したいというモチベーションが生じてしまった。鬼越トマホークが我が家に「お前らが3人集まってもワクワクしねぇんだよ」と言っていたのが思い出される。上に挙げたなかではInglis and Hughsonを修士の頃に読んで、目の覚めるような退屈さだった記憶がある。しかしBecker et al.と合わせて、一応もう一度借りてきた。

 

法と言語研究 とEMCA

"Language-and-Law Scholarship: An Interdisciplinary Conversation and a Post-9/11 Example"
Elizabeth Mertz and Jothie Rajah
Annual Revier of Law and Social Science 2014 10:169–83.

http://www.annualreviews.org/doi/abs/10.1146/annurev-lawsocsci-102612-133958

法実践における言語使用に着目した諸研究のレビュー。後半部の9/11テロ以降のなんたらの部分はほぼ読んでいないが、とりあえずThe many faces of language-and-law studiesという節は非常にわかりやすく、かつありがたいことに自分の描いていた研究地図とそれほど異なっていなかった。

コンリーとオバールによる法と言語研究に関する教科書的著作であるJust Wordsに触れた後に、法廷の相互行為に関するCA研究にかなり紙幅が割かれ、好意的に言及されていて興味深かった。 法と言語研究は、1.様々な経験的手法を明確に区別せずに、色々混ぜ合わせて使っており(会話分析、社会言語学、ナラティブの分析、意味論、文化人類学パースペクティブなど)、2.法専門家が素人に対してあるいは男性が女性に対して持つ「権力power」や両者の間の不平等に関心がある、という自分がもともと持っていた大雑把な見方で大過なさそうだ。一応このレビューでは、Travers(2006)を参照しながら、CAと「権力」を分析概念とするこれらの研究との折り合いの悪さについても言及している。

 

Understanding Talk in Legal Settings: What Law and Society Studies Can Learn from a Conversation Analyst - Travers - 2006 - Law & Social Inquiry - Wiley Online Library

Traversは、コンリーとオバールのように「権力」や「不平等」を分析概念とし、それらと関連して「ジェンダー」や「階層」などのコンテクストをシンプルに持ち出してくる法と言語研究に対して、シェグロフ参照してレリバンス問題の観点から批判的に検討するわかりやすい構成になっていた。ちなみにMatoesianの著作は、CA側からも、その他の法と言語研究あるいは法人類学研究の側からも評価されているらしい。

 

これらのレビューの見立てに素直に従ってよいなら、本稿の問題関心は〜〜である→実践の参与者にとってのレリバンス問題を十分に考えずに分析を進めるきらいがある法と言語研究は、この問題関心に適合しない→EMCAの立場から法廷での相互行為を分析する、と議論を進めることは割と簡単だろうと思う。

まあそれでもいいが、こういう議論の進め方はEMCA読者にとってはもはや見慣れていて、それほど面白くないのではないかという懸念がある(別に面白くなくてもいいかもしれないが)。これを解決するために、問題関心の重要性についてかなり周到に議論し他領域の先行研究への貢献を明確に打ち出すか、EMCA研究に対しても広い意味で方法論的な貢献を行えるといいと常々思っているが、特に後者については全く道筋が見えてこない。 

 

*追記12/11

Just Words読んでるけど、コンリーとオバールが、ミクロな会話(言語使用)を分析することでマクロな権力や不平等について解明できる、と述べるとき、やはり権力とか不平等といった概念の実践者にとってのレリバンス問題は鑑みられてないように思われる。この見立てが妥当するか読み進めてみよう。

12/12 とりあえず全部さっと読んだ感じ、上の見立ては妥当する。

 

法社会学や法のEMに関する海外学術雑誌

社会学とか法実践のEMとかに関連しそうな海外学術雑誌を最近探してちょくちょく読んでいる。

Law & Society Review - Wiley Online Library

Journal of Law and Society - Wiley Online Library

Legal Studies - Wiley Online Library

Law & Social Inquiry - Wiley Online Library

Law & Society Reviewは比較的インパクトファクター高いけど、いくつか論文を読んでみた感じでは、どちらかというとJournal of Law and Scoietyが面白い。掲載論文の幅広さもあって、ウェーバーやミルなどに関する法社会学説や思想研究、裁判官の個人的価値観と判決の関係についての社会心理学的研究、ポルノグラフィーの規制をめぐる事例の考察などなど。

Law & Social Inquiryは一番EMの論考が載っているようで、パッとみたところ、TraversとかMaynardとか。

 

ちなみに一番面白かったのはRachel J Cahill-O’Callaghanという人の2つの論文で、先述した裁判官の個人的価値観と判決の関係に関する社会心理学っぽい研究。

The Influence of Personal Values on Legal Judgments - Cahill-O'Callaghan - 2013 - Journal of Law and Society - Wiley Online Library

Reframing the judicial diversity debate: personal values and tacit diversity - Cahill-O'Callaghan - 2015 - Legal Studies - Wiley Online Library

判決文からそこで現れている価値観を「普遍主義」とか「伝統重視」などにコーディングするときの詳細な手続きが、いまひとつ説明されていないのが気になるものの、私は判決における書かれない前提や規範に関心があるので、非常に楽しめた。また、クォータ制とか法専門家のダイバーシティに関する規範的議論に貢献しようとする姿勢も明確で、実践の記述的解明と規範的議論の橋渡しをどうするかについて考察するヒントにもなりそうだ。

 

 

 

研究会後の懇親会での「貧乏」エピソード

研究会後の懇親会に参加するとたまに「お前のように東大に行ける裕福な家庭に生まれたやつとは違い、私は貧しく苦労した」系の話をしてくる人(ただし現在はアカポスついてる)がいて、何か面白いことが出てくるかもしれないと僅かな希望を抱いて傾聴するのですが、「牛肉を購入できないのですき焼きという名の下でティッシュをタレにつけて焼いて食べていた」といった力強いエピソードを聞けるのは稀で、だいたい「親が公務員でそれほど裕福ではなかった」のようにかなり疑問の余地ある主張が展開される傾向にあります。

ちなみに私は裕福な人間の多い中学に通っていたのですが、優秀な医者を父に持つTくんに「サラリーマンの家庭の子供は、部活のラケット買うのも大変だろ」と登校中に突如として同情され、なんだこいつの世界観と無礼さはと思いましたが、のちに彼がパン屋で店員にパンを電子レンジで温めるよう要求したり、公園に生えている雑草を熱心に食べているのを見て、まあいいかと思うようになりました。

2年前の予言

Is the discipline in a time of transition? « Sociology Job Market Rumors

名も無き人による「社会学の未来はエスノメソドロジーにある」との予言。あるいは皮肉。

2年前。

I believe the future of the discipline is ethnomethodology and/or the sociology of food. I talked to someone once who got an email from a full prof at a VHRM department who said something to this effect. Garfinkel and Gary Alan Fine will be attain Mount Rushmore status in our field, mark my word.

VHRMはVery High Rank Monkey(このMonkeyのニュアンス全然ついていけないし別の単語かもしれないが)で、最高クラスの大学院を意味するネットスラングらしく、社会学ではPrinceton, Berkeley, Harvard, Chicagoなどのことのようだ。

なお、このコメントにはNo Goodが6つもついていて迫力があった。Goodのボタンを押す。

 

*論文電子公開* 岡沢亮,2015,「マルセル・モースの連帯概念」『年報社会学論集』(28): 160-71

岡沢亮,2015,「マルセル・モースの連帯概念」『年報社会学論集』(28): 160-71.

上記論文を電子公開しました。

http://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=117967

 本稿は、マルセル・モースの社会構想を明らかにすべく、彼の「連帯」概念を検討するものである。

 共済組合や協同組合に関する彼の社会主義的論文において「連帯」は、労働者(被雇用者)の利益がその雇用者の利益よりも重視されており、労働者が組合を管理する権利と貧困時には援助を受ける権利を持つ状態とされていた。

 『贈与論』において「連帯」は、個人の自己利益の追求が虐殺を引き起こさず、かつ諸個人が贈与と返礼を行いながらも、それにともなう精神的階層性によって「犠牲」になっていない状態であった。特に、そのような精神的階層性が過度にならないために、気前の良さの制限が提言されていた。

 重要なのは、モースの連帯に関する議論や社会構想は、個人の利益と集団の利益の間でいかなる均衡を達成するべきか、という問題をめぐって展開されていたことである。

J-Stageで公開され次第、そちらへのリンクに置き換える予定です(編集委員会の許可はいただいています)。

*2016/10/12 置き換えました。

ご笑覧いただければ幸いです。