Anyone to Turn to

岡沢亮 contact: boiledend0320[@]gmail.com http://researchmap.jp/ryookazawa

トマス・ピンチョン『V.』の一場面

 飛行士エバン・ゴドルフィンは戦闘を経て墜落する。鼻の先は吹っ飛ばされ、片頬の一部とあごの半分が砕かれている。彼は顔の再形成手術を受けることになるが、失敗する。

 

 失敗に終わったテクニック は一群の奇形・怪人の類を生み出すことになった。そしてこれらは再生手術を全く受けられなかった連中と共に、戦後の世に隠れた恐ろしい同胞の一部となったのだ。一般の社会のいかなる部分においても役に立たない彼等は一体どこへ行くのだろうか。

 

 (プロフェインは彼等の何人かを地下で見かけることがある。またアメリカの田舎道で出会うこともある。プロフェインが歩いていると新しい道路が直角に交わっているところに出る。とっくに行ってしまったジーゼル・トラックの排気臭がにおっている。するとそこに彼等の一人が立っている。一里塚のように立っている。その男がビッコをひくとすれば、脚につづれ織りのような、浅浮彫のような傷あとが走っていることを意味している。一体何人の女達がそれを見て顔をそむけたことだろう。喉の瘢痕は金ピカの戦功勲章ででもあるかのようにそっと隠されているだろう。頬の穴からのぞいている舌は、一つ余分の口があるようであっても、決して秘密の言葉を語ることはないだろう。)

 

 エバン・ゴドルフィンはそういう者の一人となった*1

 

 トマス・ピンチョンのどの作品を読んでも、ポストモダンポップカルチャー、あるいはサイバネティクスといったモチーフの面白さは全くピンとこない。むしろ、上で引用したようないわばヒューマンな部分、もしくはモラルをめぐる部分こそが――それはときに陳腐にも感じられるほどの描写であったりするわけだが――素晴らしい魅力であると思う。その他の混沌とした部分は、そこで与えられる感動の引き立て役のようにさえ見える。

V. 上

V. 上

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)

*1:国書刊行会『V.』上巻131ページ。