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Anyone to Turn to

岡沢亮 contact: boiledend0320[@]gmail.com http://researchmap.jp/ryookazawa

非常に優秀だが抜けたところのある宇宙人が友人に擬態する

 

 だいぶ前ですけど、大学の友達と長瀞にラフティングに行ったんです。夜は友人の家に泊まって、花札には単体だと邪魔なだけだが他の札が揃っているときだと急激に力を発揮するおじさんが書かれた札がある――将来はそういうおじさんになってみるのも悪くないかもしれませんね―――ことを教わったりしてたんです。

 

 その友人は学部のときに(確か)認知科学みたいなのやってて、錯視に関する実験から「人間はいろいろなものを実際には見落としている」というようなことを明らかにする研究をしていたと話してくれました(内容は私が理解できるようにだいぶ簡単にしていると思います)。そこで私は何となくあるいは念のため「でも見るってそういうことじゃなくない?」といってみました。そうしたらなんと、「もっと概念的な?」と彼は言ったんです。もちろん「概念的」がどういうニュアンスかはっきりとは分かりませんが、なんであんな雑な発言で通じたんだろうなと不思議に思いましたね。

 

 それで、その友人は変なんですよ。とはいっても、「突飛な言動で周囲の人々から持ち上げられたり疎まれたりする人」では全くなくて、そういうあまりにもたくさんいる人とはかけ離れているんです。どこか変なんですけど、どこが変なのかよくわからないといったところでしょうか。非常に優秀で入念な準備をしたもののどこか抜けたところがある宇宙人が地球人に擬態したら、おそらくああいう感じになると思いますね。

 いちおう言っておくと、彼の能力はすごく高いのです。顔とスタイルに恵まれ、運動や音楽にも秀で、学歴も高く、良い職についているわけです。そして何より、彼は自分の能力の高さをかなり正確に分かっているんです。

 

 にもかかわらず、なんか予想できないタイミングと仕方で偏屈なんですよね。たまに出る卑屈な発言とかひねくれ方とか、全然普通じゃないんです。そのバランスがめちゃくちゃなんですよ。普通あそこまで能力高くてあんなにわけわからない性格になりませんよ。ところがこれ、なかなか通じなくて、彼みたいな人はちょっと変わってる人たちに囲まれていると、すごく常識的で能力も高い人としか見なされないんです。でも私からしてみれば、いつか渋谷で見かけたトロピカルな服装で両耳から生きた金魚が入ったビニール袋をぶら下げた人よりも、彼の方がよっぽど変わってますよ。

 

 今年の目標はこういう感覚を共有することですね。